大判例

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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)10705号 判決 1969年5月09日

原告 関東故鉄株会社

被告 国

代理人 朝山祟 外三名

主文

一、被告は原告に対し、金三〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四二年二月一八日以降支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の、その余を被告の負担とする。

四、この判決は原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

五、被告が金一〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは、仮執行を免れることができる。

事  実<省略>

理由

一、(二重の登記、登録および原告の建物買受について)

(証拠省略)によれば次の事実を認めることができる。

すなわち、東京都大田区本蒲田四丁目一一番地三、木造セメント瓦葺二階建居宅兼店舗一棟、建坪二九坪七合五勺(九八、三四平方米)、二階七坪(二三、一四平方米)の建物(以下本件建物という)は、訴外菊地龍一郎の所有であり、同人のため東京法務局大森出張所昭和二五年七月二七日受附第二、二九二号をもつて左の内容の所有権保存登記(以下第一登記という)およびその前提としての同一内容による家屋台帳への登録(以下第一の登録という)がなされていた。

イ、建物所在地 東京都大田区本蒲田四丁目一一番三

ロ、家屋番号 同町一一番の三

ハ、建物の種類、構造、床面積 木造瓦葺二階建店舗一棟、一階二九坪七合五勺、外二階五坪

ニ、所有者 菊地龍一郎

ところが菊地は、訴外清水重雄に対する本件建物の譲渡を争い、右登記についでなされた同訴外人への所有権移転登記(同出張所昭和二六年一二月三日受付第六、三一五号所有権移転登記)の抹消を求めて訴訟を提起することとなつたので、その争いを自己に有利に導くため、昭和二七年頃自分が代表取締役をしていた訴外大東工建株式会社の名義で、本件建物につき二重の保存登記を経由しようと企だて、事実に反して家屋台帳法による家屋新築の申告と保存登記の申請をなした結果、左の内容の家屋台帳への登録(以下第二の登録という)と、同出張所昭和二七年三月二四日受付第一、五二七号による所有権保存登記(以下第二の登記という)がなされた。

イ、建物所在地 東京都大田区本蒲田四丁目一一番の三

ロ、家屋番号 同町一一番九

ハ、建物の種類、構造、床面積 木造セメント瓦葺二階建居宅兼店舗一棟、建坪二九坪七合五勺、外二階七坪

ニ、所有者 大東工建株式会社

しかして原告はこの第二の登記の記載を信じ、同年六月三日同訴外会社から本件建物を買受けたものである。以上の事実が認められ、この認定を覆えすべき証拠はない。

二、(家屋台帳登録の際の登記官吏の過失の有無)

昭和三五年法律第一四号による改正前の不動産登記法第一〇六条第一号と、昭和二五年法律第二二七号による改正後の家屋台帳法第六条によると、建物の所有権保存登記は家屋台帳の記載によりなされねばならず、その台帳への登録は、登記所の職権により建物の状況を調査して決定すべきこととされているので、右の登録事務を取扱つた東京法務局大森出張所の登記官吏に、二重登録を見過した故意過失があつたか否かを検討することとする。

まず原告は登記官吏が故意に二重登録をしたと主張するが、その事実を認めるべき証拠はない。そこで次に二重登録を見過した過失の有無を検討すべきこととなるが、(証拠省略)によれば、当時前記の大森出張所では家屋新築の申告を受けた場合、まず第一になすべきこととして家屋台帳により同一地番上の既登録の内容を調べ、申告と類似の建物が登録されているか否かを調査していたものと認められるので、本件の場合も第二の登録申告を受けた登記官吏は、第一の登録の内容を知つたものと考えられる。そうとすると、前記認定のとおり第二の登録申告の内容は、その所在地番および一階の床面積において第一の登録と全く同一であり、屋根瓦がセメント瓦か否か、建物の種類が居宅兼用か否かの差異と二階の床面積において二坪という若干の違いがあるほか、家屋の種類、構造、床面積が極めて類似していることを発見したに相違なく、また第一の登録で所有者となつている菊地龍一郎が、新たな申告で所有者となつている訴外大東工建株式会社の代表取締役として申告していることも認識しえたはずであつて、このような点からみれば当然同一建物についての二重の登録をねらつた申告ではないかとの疑いを持たねばならず、この疑いを持たずにそのまま台帳に登録するか、あるいは調査を行つても疑いを解消させるに足る資料もないまま登録すれば、その登記官吏には過失があるといわねばならない(家屋台帳法第六条)。

しかして右調査の方法としては家屋台帳法第二一条に定められた実地調査が最も確実であるが(証拠省略)によれば、当時大森出張所では多忙のためこれを行つておらず、そのかわりに随時申告者に対し建築確認書、固定資産税課税証明書、建築業者の建物引渡書の添附を求め、あるいは申告書に地主の連署を求める方法をとつていたものと認められるところ、(証拠省略)によれば、右の全ての書類を必らず添附させていたわけではなく、またすでに第二の登録申告書は保存期間経過により廃棄されているので、本件の場合は右の書類が添附された可能性があるか否かを推定し、可能であつたとしてもその書類により前記の疑いを解消させるに足るものであつたか否かを検討することとする。

まず建築確認書であるが、前掲(証拠省略)によれば、第一の登録における建物建築の日は昭和二五年四月二五日とされており、第二の登録申告では同二六年一〇月一〇日とされていたことが認められ、また(証拠省略)によれば、一度申告書に添附された確認書には登記済の印と登記官の印とが押されて返還されていることが認められるので、第一の登録の際作成されていた確認書が第二の登録申告のため流用される可能性は少なかつたと考えられる。そこで第二の登録申告の際あらためて作成された確認書が添附される可能性を考えてみると、(証拠省略)によれば本件建物敷地のいわゆる建蔽率は六割であつたものと認められるところ、(証拠省略)によれば敷地面積は七九坪九合であり、第一の登録建物の一階床面積は前記のとおり二九坪七合五勺であつたのであるから、第二の登録申告にあるように右と同坪数の建物を建築するという建築計画は、建築基準法に違反するものとして建築主事の確認がえられないはずであつて、そのような建築確認書が作成される可能性は、はなはだ薄かつたものといわねばならない。なおこれに関連して被告は、敷地の面積が右のとおり七九坪九合であつて、第一の登録建物のほかに第二の登録建物も併存しうるので、二棟の建物があると判断したと主張するが、仮りにそうであつたとしても、かかる推量は根拠がうすく、その一事ではいまだ前記の疑問を解消させうるものではない。

次に固定資産税課税証明書について考えると、税務事務所では課税のため独自に実地調査をしていたから、申告建物が現に存在しているかどうかの判断の資料としては、右の証明書は確実性の高いものであつたと言うことが出来る。しかしながら本件建物自体は既に登録済であつて、(証拠省略)によれば、登録済の建物についての固定資産税課税証明書には家屋番号が付されていたのであるから、これを第二の登録申告に流用することは全く出来なかつたのであり、結局第二の登録申告に固定資産税課税証明書が添附される可能性があつたと認めることはできない。

(証拠省略)(旧家屋台帳)に建築の日が記されてあることからみると、建物引渡し書が添附される可能性があつたことは十分考えられるが、これは全く私的な文書であり、建築業者の了解さえ得られれば虚偽の引渡書を作成することができるのであるから、たとえその添附があつても、これに信頼して前記の疑問が解消されたものとして取扱うのは相当ではない。最後に本件では土地の所有名義人は登録申告者と同じ大東工建株式会社であつたのであるから、地主の連署も、真実その建物が建築されたことの確認の方法としては非常に不確実なものであつたと考えられる。

以上検討してきたところによれば、前記の添附書類のうち本件の第二の登録の申告にあたつて添附されたと考えられるものは少く、また添附されたと思われる書類でも前記の二重登録の疑いを解消させるに足る資料とはとうていいえないものというべきであるが、審査に当つた登記官吏が他に右の疑いを解消させるに足る調査を行つたという証拠はないから、結局この申告を受理して登録した登記官吏には、家屋台帳法に定められた実質審査義務を怠つた過失があるといわねばならない。

三、(損害について)

登記官吏が被告国の公務員であること、家屋台帳の登録事務が登記官吏の職務であることは当事者間に争いがない。従つて被告は前記の登記官吏の過失によつて生じた原告の損害を賠償しなければならない。

そこで右の損害額について検討してみると、本件建物の所有者が訴外菊地龍一郎であつたことは前記認定のとおりであるから、原告は二重登録および登記にかかわらず本件建物の所有権を取得しえなかつたものであつて、損害賠償として本件建物の時価相当額の支払を求める原告の請求は理由がない。

しかしながら前記の登記官吏の過失に基づく二重登録がなかつたならば原告が第二の保存登記に信頼して本件建物を買受けることもなく、その代金を支払わずにすんだものといわねばならないから、この代金相当額の損害は右の過失によつて生じたものというべきところ、(証拠省略)によれば、右代金額は金三〇〇、〇〇〇円であつたものと認められる。(証拠省略)には、前記菊地の証言として本件建物をその敷地とともに金四〇〇、〇〇〇円で売却した旨の供述が記載されているが、敷地も入れた代金額は(証拠省略)によれば金七、〇〇〇、〇〇〇円であつたものと認められるので、右の供述は採用できず、他方証人岩村の証言中には本件建物の代金は約六〇万円であつたという供述があり、(証拠省略)(登記済権利証)には本件建物の代金として金五五八、〇〇〇円と書かれてあるが、それでは敷地の代金があまりに少額となつてしまうので、右の証言と登記済権利証の記載も採用できない。なお、登記済権利証記載の代金額は、一般には固定資産税課税のための評価額によるもので、それより低い代金を定めることはまれであるが、本件の場合は前述のように固定資産税の評価がなされたとは考えられないので、右の代金額は参考となしえないものである。

四、(過失相殺について)

被告は原告には取引に際し事実関係の調査を怠つた過失があると主張するが、(証拠省略)によれば、原告は本件建物の購入にあたつて、実地調査をなし登記簿を閲覧したことが認められ、他にも注意を怠つた過失を認めるべき証拠はない。なお前述のとおり、本件建物については二重の保存登記がなされていたわけであるが、特別の事情のない限り、建物の買受人には、その建物が二重に登記されているかどうかを確めるため、同一地番上の総ての建物の登記を調査すべき義務があるということは出来ないので、原告にこの点での過失を認めることはできない。

五、(時効の抗弁について)

原告が昭和三六年七月六日、東京高等裁判所昭和三二年(ネ)第二二一五号控訴人清水重雄、被控訴人菊地龍一郎間の建物売買契約不存在確認、建物所有権移転登記抹消請求控訴事件に独立当事者として参加したことは当事者間に争いがない。被告は、原告がこの日以前に二重登記の事実とこれによる損害の発生を知つたとして、右の日より三年を経た昭和三九年七月六日頃時効が成立したと主張するのであるが、(証拠省略)によれば、右の訴訟の争点は、訴外菊地が訴外清水重雄に本件建物を譲渡したか否かの点にあつて、前記控訴審の原審である東京地方裁判所昭和二七年(ワ)第三五九五号事件の判決では、右の譲渡の事実が否定され訴外菊地が勝訴していたことが認められるのであり、(証拠省略)によれば、原告が前記のとおり参加した際にも、訴外菊地から右の勝訴の事実を知られて、参加すれば当然勝訴することができ、たとえ二重登記になつていても損害を蒙ることはないと信じていたことを認めることができるのであるから、右の控訴審判決が下されるまでは、未だ損害が発生したことを知つたものと認めるのは相当でない。しかして、(証拠省略)によれば、右の控訴審判決が言渡されたのは昭和三七年一二月五日であるから、本件訴状が裁判所に提出された日である昭和四〇年一二月四日には、未だ時効は完成していなかつたものというべきであつて、被告の時効の抗弁は採用できない。

六、(結論)

よつて、原告の本訴請求のうち、本件建物の代金相当額金三〇〇、〇〇〇円の損害賠償およびこれに対する、登記官吏の前記違法行為の後であることの明らかな昭和四二年二月一八日より支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は、正当としてこれを認容すべきであるが、その余は失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条および第九二条を、仮執行の宣言およびその免脱の宣言につき同法第一九六条第一項および第三項をそれぞれ適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 室伏壮一郎 牧山市治 浅生重機)

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